東京高等裁判所 平成9年(ラ)981号 決定 1997年9月02日
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
抗告人は「原決定を取り消し、相手方の補助参加申立てを却下する」との裁判を求めた。抗告の理由は別紙記載のとおりであり、要するに、原決定が相手方の補助参加を許可したのは民訴法六四条の解釈を誤ったものであるというものである。
二 原審基本事件の概要
1 原告基本事件は、相手方の株式一〇〇〇株を所有する株主である抗告人が、相手方の代表取締役の一人である原審基本事件の被告(以下、単に「被告」という)に対して、相手方においてその子会社であるCGHに対し無担保で本件貸付け(総額一一八億六二〇〇万円)をしたことが、被告において取締役としての注意義務に違反したものであるとして、商法二六七条により、被告に対し本件貸付けによって相手方の被ったとする損害(貸倒引当金を計上せざるを得なくなった八一億〇九〇〇万円)の賠償を求めたものである。
2 記録によると、抗告人は、原審基本事件の訴訟提起に先立ち、平成八年一月三〇日到達の書面で相手方の監査役谷本明穂(監査役は全員で三名)に対し、被告に対する責任追及の訴えを提起するよう請求したところ、同監査役は、同年二月二八日付けの書面で「相手方の監査役全員で慎重に調査したが、被告には取締役の忠実義務違反及び善管注意義務に違反する事実は認められなかったので、監査役は責任追及の訴えを提起しないこととした」旨を抗告人に通知したこと、抗告人は、これを受けて同年四月二五日原審基本事件の訴えを提起したことが明らかである。
3 抗告人は、被告の義務違反として、一般に、会社が金員の貸付けをする場合には貸付先の支払能力を十分に調査し、支払能力に疑問があるときは確実な担保を徴求するなどして貸付金の回収を確保すべき注意義務があるのに、被告はこれに違反したと主張し、具体的には、CGHに対する貸付けを決定した取締役会の決議に加わりこれに賛同したことを違反行為とするものである(なお、記録によると、右貸付けの契約につき相手方を代表したのは被告ではなく、別の代表取締役であると認められる。)。
他方、被告は、本件貸付けは、相手方の取締役会の決議により、窮状にある子会社を再建するために正当な経営判断として意思決定されたものであり、被告は取締役としてその決議に参画して本件貸付けに賛同したものであるから、被告には抗告人が主張する注意義務違反はないと主張している。
三 本件補助参加に関する経緯
1 原審基本事件は、平成八年九月五日第一回口頭弁論が開かれたが、これに先立ち、被告は抗告人が相手方に訴訟告知をすることを希望し、抗告人はこれを受けて、同月三日、相手方に対し訴訟告知の申立てをし、同告知書は翌四日相手方に送達されたので、相手方は同年一〇月二八日、被告に補助参加するとして本件補助参加の申立てをしたところ、これに対して抗告人が異議を述べた。
2 双方の本件補助参加についての意見は、原決定四頁四行目から六頁一〇行目に記載のとおりである。
すなわち、相手方は、本件貸付けについて、相手方の組織のよってされた意思決定の適法性がその審理の対象とされ、判決理由中でその判断が示されるから、その意思決定の適法性の判断は、相手方の子会社に対する財政支援、ひいては子会社の経営そのものに著しい不利益を及ぼすものであり、したがって、相手方の経営にとって法的に重要な利害を有し、その法律上の地位に影響を及ぼすものである、などと主張した。
これに対して、抗告人は、補助参加は、訴訟の結果につき利害関係を有する第三者について許されるものであり、右にいう訴訟の結果とは、判決理由中の判断ではなく、訴訟物に対する判決にほかならず、また利害関係とは、事実上のものでは足りず、法律上のものであることが必要であるから、結局、補助参加が許されるには、訴訟物について法律上の利害関係がなければならないところ、原審基本事件の訴訟物は、相手方の被告に対する損害賠償請求権の存否であって、原審基本事件において抗告人が勝訴すれば相手方は被告から損害の賠償を受ける関係にあるから、相手方は、抗告人に参加する利益こそあれ、被告に参加する利益はない、などと主張した。
原審は、平成九年五月八日付決定をもって、相手方の補助参加を許可した。
3 さらに、抗告人は、当審において、別紙(一)記載のとおり、補助参加をするには法律上の利害関係が必要であり、判決の効力の及ばない内容の不明確な判決理由中の判断が当該会社に及ぼしうる影響をもって参加の利害を認めることはできないところ、原審基本事件の訴訟物は、相手方の被告に対する損害賠償請求権の存否であるから、相手方は、存在すべき損害賠償請求権を訴訟の不手際で不存在にしないために抗告人側に参加して適正な訴訟進行を図る必要があるのであって、損害賠償請求権が存在しないと会社が考えているのであれば、会社としては参加せずに放置すれば足りるのであるし、そもそも、株主代表訴訟は株式会社を支配する多数決の論理を是正するための制度であるところ、判決の効力が及ばない内容の不明確な基本事件の判決理由中の判断が当該会社に及ぼしうる影響をもって参加の利益を認めたのでは、いかなる場合にも会社は被提訴取締役側に参加することが予想され、財力等の社会的実力の差から、株主代表訴訟までもが多数決の論理に支配されることになってしまうのであって、株主代表訴訟を認めた商法二六七条と全く相容れない結果になるといわなければならない、などと主張した。
これに対して、相手方は、別紙(二)記載のとおり、右抗告人の所説には疑問があり、本件では、万一被告が敗訴した場合には、相手方の意思決定に携わった取締役に善管注意義務が生じ、相手方はその責任を追及するかどうかの判断に迫られ、本件貸付行為について新たに担保を徴求し利息を請求するという法的問題が生じ、相手方の他の子会社に対する同種の貸付等の財政支援に係る経営判断一般にも多大の影響を及ぼすのであり、このような相手方の地位は法律上のものであって、民訴法六四条に規定する「利害関係ヲ有スル第三者」に該当する、などと主張した。
四 当裁判所の判断
1(一) 補助参加制度は、当事者以外の者が訴訟に参加して当事者の一方を補助する訴訟活動をすることによって被参加人に有利な判決を得させることを助け、併せて被参加人に対し敗訴判決がされることによって補助参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に不利益な影響を受けることを防止することを目的とするものということができる。
補助参加は、第三者が訴訟の結果につき利害関係を有する場合に認められるものであるところ(民訴法六四条)、右の制度目的にかんがみると、「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル」とは、通常は判決主文で示される訴訟物に対する判断によって法律上の地位が影響される場合を指すものと解されるが、理由中の判断ではあっても、重要な争点に関する判断であれば、これにより第三者の法的地位ないし法的利益に一定の影響を与えることがあり得るから、これをもって訴訟の結果につき利害関係を有するものと認めるべき場合があることは否定できない。
(二) 株主代表訴訟についてみると、本件のように、当該会社の意思決定(取締役会の決議ないしそれに賛同した行為)そのものの適否が重要な争点として争われる場合に、当該会社が右意思決定を正当とし取締役の責任を否定する立場に立つときは、当該会社は、判決主文との関係では、形式的には原告である株主と利害を共通にするが、実質的には原告である株主とは利害が相反することとなり、むしろ被告たる取締役と利害を共通にするものということができるし、また、判決の理由中の判断ではあっても、当該意思決定を違法と判断されないことにつき、独自の利益を有するものというべきであり、かつ、右判断が当該会社に及ぼす影響の内容、程度によっては、右利益をもって、法律上の利益と評価すべき場合があると考えられる。また、株主代表訴訟は、会社による取締役の責任追及を株主が代わって行うという側面とともに、株主による会社の業務執行に対する監督是正のための訴訟という側面も有しているところ、本件のように当該会社の意思決定そのものの適否が重要な争点として争われる場合においては、後者の業務執行に対する監督是正の側面が強くなり、会社はいわば株主から監督される隠れた当事者としての立場を有するに至るのであって、このように株主代表訴訟において隠れた当事者的立場にある会社であっても、争点となった意思決定が違法であるとの立場でなければ訴訟に参加することはできず、株主代表訴訟において自ら会社の意思決定が正当であるとの主張をする機会は一切与えられないとするのは、手続保障の立場から考えると妥当とはいえない。そしてまた、たとえ被告取締役側であっても、会社の参加を認めた方が訴訟資料を適切に法廷に顕出することを可能にすると考えられる。
(三) ところで、株主代表訴訟は、違法不当行為をした取締役の責任追及のための訴訟であり、会社(監査役)は取締役に責任なしとの判断をしたとしても、その判断の当否そのものも当該訴訟で判断されるのであるから、いったん株主から代表訴訟を提起された以上、会社は中立な立場を堅持すべきであるとの考えもあり得る。しかし、株主代表訴訟において会社が中立的立場をとるか被告側に補助参加するかは、当該会社の意思決定者において行うべき一種の経営判断であり、現行法上株主から代表訴訟が提起されたことによって、会社がこのような経営判断をすることが禁止されるとする理由はない(中立的立場を放棄して訴訟に参加するとの判断自体の経営責任が問われることもあり得るが、それは裁判所が補助参加の拒否を決する場合に考慮すべき事項とは考えられない。)。
また、会社の被告側への補助参加を認めることが、株主代表訴訟の公正妥当な運営に寄与するかどうかについても考慮する必要がある。わが国の株主代表訴訟においては、会社が原告側に参加しない場合には、裁判所は会社を中立な立場におき、株主と取締役のみを当事者として扱うのが同訴訟の本来的な形であり、それが株主代表訴訟に対する国民の信頼を確保するゆえんではないかとも考えられる。しかし、前述したとおり、本件のように会社の意思決定の当否そのものが争われる場合には、会社による取締役の責任追及を株主が代わって行うという側面よりも、株主による会社の業務執行に対する監督是正のための訴訟という側面が強くなり、会社はいわば隠れた当事者としての立場を有するに至るのであるから、このような場合において、会社が取締役たる被告への補助参加を求めるときは、これを認めたとしても、株主代表訴訟の公正妥当な運営を阻害するおそれは少ないと考えられる。
(四) 以上のように考えると、前記のように株主代表訴訟において会社の意思決定の当否そのものが重要な争点になっているような場合において、当該会社が被告(取締役)に参加し提訴株主と対立する立場で訴訟活動をすることを求める場合には、これを許しても差し支えないものと考えられる。
2 抗告人は、このように解すると、いかなる場合にも会社は被提訴取締役側に参加することが予想され、財力等の社会的実力の差から、株主代表訴訟までもが多数決の論理に支配されることになってしまうのであって、株主代表訴訟を認めた商法二六七条と全く相容れない結果になるなどと主張するが、前記のとおり会社が被告役員側に参加するとの判断は、それ自体批判の対象となり得る(場合によっては、その判断に基づく参加自体が、再度代表訴訟の対象になることさえ考え得る)のであって、抗告人主張のようにいかなる場合にも被告役員側に参加することが予想されるということはできないし、訴訟において当事者の財力等の社会的実力の差が勝敗の帰趨を決する要因とはいえないことは明らかであるから、会社の被告役員側への補助参加を認めると、財力等の差から、代表訴訟の場面でも多数決原理が支配することになるとの主張も採用できないのであり、かえって、前示のとおり、会社の参加を認めることによって、例えその参加が被告役員側への補助参加であっても、訴訟資料が豊富になり、豊富な資料を前提として充実した審理をすることができ、判決を得ることができるという利益も予想することができるのである。
3 これを本件についてみると、前記のように原審基本事件においては、相手方会社の意思決定の正当性そのものが判断の中心になるものであり、右判断は、相手方の意思決定が適法か違法かという法的判断であるから、相手方の法的地位ないし法的利益に影響を与えるものと評価することができるのみならず、CGHに対する支援に関する相手方の経営判断の当否はもとより、ひいては相手方の他の子会社に対する同種の貸付け等財政支援に関する経営判断一般にも影響を及ぼすものであって、相手方にとって本件その他の事項の法的処理にも影響するところと考えられるのであり、単に会社の信用や対面などに影響するにはとどまらないと判断される。
そうしてみると、本件の訴訟の結果が、相手方の私法上、公法上の法的地位ないし法的利益に関わるものと考えられるから、相手方にあっては、被告を補助して訴訟活動をすることによって被告が有利な判断を取得することを助け、もって、相手方による本件貸付けが正当である旨の判断を得る必要があると思料される。そうすると、相手方には訴訟の結果について法律上の利害関係を有するものということができる。
そして、本件記録にかんがみると、相手方の補助参加を認めた原審の判断に不当とする点は見出せない。
4 以上のとおりであるから、本件の場合に、相手方が被告側に補助参加することを許可した原決定に違法の点はないというべきである。
五 よって、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 佃浩一 裁判官 髙野輝久)
別紙抗告の理由<省略>